中沢新一さんの「ドングリと民主主義」という、問いかけ。

自然と人間とは、同じ地平で一体であるという「里山」、そして水源地に関わるような森は、人間の生活優先、例えば不動産観念が入ってはいけない空間として「お入らずの森」として、分けて守ってきた。

すなわち矛盾のタワモノ。

けれどもこの非敵対的な矛盾を、どう取り扱うかが、3釻11以降の重要なポイントであると思います。

自然が許してくれている範疇での、頂き物としての授かり方。

水源地でドンドン機械を使い、電位の失われた水を、ペットボトルに詰めて市場に並んでしまう。

折角この地平に住む生命の類を生かすために、創られた完全伏流水が電位を失って人だけではなく、そのしたの流域にも流れていく。

結果、自然の力を借りた農業は、成り立たずに、薬に頼る。

薬入れれば入れるほど、電位は失われ、生命エネルギーのない製品が、又市場に並ぶ。

お弁当も同じ、外食産業も殆どが機械を使う。

更に電位が下がる。

電位の下がった人間が社会を形成して、調子が優れないとは感じつつも、電位を流す媒体である、フルボ酸鉄が体にないので、薬やサプリメントに頼る。

そして、鉄筋の建物は更に電位を奪う。

オール電化も然り。


この状況では、本来きっと誰もが持っていた里山的な思考には、スイッチが入らない。

ニューロンの回路が切れてしまっている。

即ち、訓練なくして、この回路の接続は創れない。

頭で自然を考えても、決してスイッチは、入らない。

僕が手汲みの方法にズット拘ってここまでやって来たのは、自分でもここに暮らして、ニューロンが繋がるまで、全くといって気づかなかった、僕らの無意識は自然界を味わう訓練なくして開かないという事実に、気付いたからです。

普段水を飲むということが、訓練になっていく。

お山にふく風は、里山以外には届けれない。

水なら届けれる。

この東根でも、二十分先の町に出て、ふく風にお山の緑が放つ、濃い酸素を感じることは出来ない。

江戸や昭和初期までは、まだまだ都市部にも、この爽やかな風や、梅雨の何処か生命を育む湿気があったはず。

そして、体感が消えて、天候異変とだけは捉えるけれども、風や雨の質感の変化にはなかなかたどり着かない。

そして其を逆手にとった、新製品が、消費を煽る。

更に人は鈍感になり、オズの魔法使いの、エメラルドシテイーに隔離される。

デズニーランドもおなじ。

海を青く見せるため、絵の具を入れている、デイズニーシイー。

そこに出入りする子供は、海の青さを知らない。

だから、海がギリギリにおかしくなって、頂ける魚貝がいなくなっても、気付けない。

食べ物が海からの供給をたたれても、きっと気付かずにデイズニーシイーで、着ぐるみの魚を見て入れる。

ある日、居酒屋で活け作りを頼んで、デイズニーシイーで踊る、海の生物がお皿にのってくるまで。

これは、ジョークなようで、僕にはジョークに思えないのです。

デイズニーで遊ぶも結構。

けれども、もっと本物と出逢えたら、其はつまらなくなるよっていう、場が余りにもないのです。

つまり、ニューロンがDNAの記憶に繋がらないのです。

人間と動物植物の間の調停って、ものすごくデリケートです。

其を知り気付くランドがないと、未来の僕らの生活は成り立たないギリギリにいる。

だから自然界とのデリケートな調停を、訓練してニューロンを繋ぐ、其が伏流水の活動から先に広げて行きたいこと。

中沢新一さんが仰る、日本人が守るべき貴重な思想は「自然との民主主義」。

この新しい自然界も含めた民主主義を、創り出していく人は、ならばいつから、僕らは少しづつ、このニューロンの回路を切断していったかという、所から踏み込んで、当たり前と信じこまされてつくってきた、自分の仮面を脱いで素の自分と先ずは再会するしかないと思うのです。

其は縄文以前を知ること。

分かっているのは、ラスコーの洞窟まで。

けれどもそこから遥かに遡って、390万年間、僕らはあえて定住せずに、国の仕切りを必要とせずに、この里山的な思考で、争いも搾取も貧富の差もなく、自然界とも上手にわけあって生きていたという事実です。

定住革命は、自然界の変化で余儀なく、人類が至る結果。

遊牧民ではなく、狩猟採種しながら遊動民として生きていた頃の、DNAにスイッチを入れることが、原発問題を根底から解決したり、経済格差を解決したり、病気や少子化老人問題、精神的肉体的障害者問題等、環境破壊、エネルギー問題等全ての問題に行き着く我々の脳の歴史を紐解けると、確信しているのです。


本当は、僕が資産家で、この里山にバーンとニューロン回復ランドを作製出来たら、とっても早いのでしょうが、残念ながらその力はない。

だから、手で汲んで、ケイトラで運んで、電位の高い場で手作業でボトリングして、どうにか電位の高いお水を飲んで頂きながら、自然界が創り出す純水で、少しでもニューロンを繋げてくれる事に期待しつつ、資金を作り出して、ニューロン回復ランドを、世に出したい。

だからどうか、この活動を広報出来るチャンスを様々なお立場を越えて、お貸し願いたいと希望しております。

そして現在通飲されている、約百名の会員様、どうかお一人お披露目運動にご協力下さい。

お一人が、お一人にお薦めして、毎月百名が賛同していってサポーター登録して頂けたなら、どうにかこの機関車は、ニューロン回復ランドに、道を創れます。

そして、何かのお集まりがありましたら、どうか三十分を僕に頂くことは出来ないでしょうか。

其が月に十回程機会を頂けたなら、誰の資金力にも頼らずに、ニューロン回復ランドを作製出来ます。

どうか皆様お力をお貸しくださいませ。

日本中にこの里山での思考が広がり、だからこそ其々の地域で里山がリニューアルされて、自然をも含めた民主主義が世界に広がり、そこから新しい経済が見いだせたら、皆が幸せになれます。

どうか共に、この道を創ることに、サポーターしていただけませんか。

其は500ミリリットル79円値の市場では購入できない、完全伏流水を代行で汲み上げるシステムに賛同されるだけで良いのです。

自動販売機に支払う飲料代金をこのお水と是非とも交換してくださいませ。

明日は、遊動民の生活から、blogをはじめていこうと思います。








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